あの頃も、
 今も、
 そして、これからも。



「MiYuKi」



 ちゅんちゅんという小鳥の元気な鳴き声で、私は目を覚ました。比較的朝は弱いほうだと思うけど、今朝は起きぬけから頭がすっきりしている。

 私はベッドの上に身を起こして、ぐうっと大きくのびをする。
「……んんーーっ」
 ふう、と脱力。それから、ベッドの脇の窓を思い切り開けて胸いっぱいに深呼吸した。健康に乾いた空気のにおいが心地いい。

 特別な日にふさわしい特別な朝。
 思わずふんふーんなどと鼻歌なんか歌ってみる。……うん。いっつすぺしゃる。

「さあ、今日は気合を入れていかないとね」
 浮き立つ気分を引き締めるように、私はそうつぶやいた。

 今日はとっておきの日だもの。とっておきの私でいたい。だから身支度も慎重に整えた。肌触りが特にお気に入りのシルクのワンピースに、つばの広いお嬢さん帽子に……。厳選素材で身を固める。外出時恒例のお母さんチェックでも「みさき、今日は随分気合が入っているね。かわいいよ」と、太鼓判を押された。

 さて、と。準備OK。そろそろ出かけようかな。
 丁度お父さんが私を呼んでいる声が聞こえてきた。どうやら車の準備ができたらしい。
 ちいさなハンドバックに、この日の為に用意したプレゼントを忍ばせて、玄関へ。

 今日の空気はちょっとふんわり。

 がちゃり。ドアを開けた瞬間。
 ほほに、髪に、スカートに、淡く花の香りがする初夏の風がびゅうと巻きついた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 彼女とはじめて知り合ったのは、私が小学六年生の時。
 目が見えなくなって、それでもその事実からどうにか立ち直った頃のことだった。
 その頃には、少なくとも安直に『死んじゃいたい』などとは考えなくなっていたけれど、やはり現実問題として、目が見えない状態で生活するのはいろいろ難しかった。
 今まで当然のように一人でできていたことが、突然誰かの手を煩わせずにはできなくなってしまった。それも、何一つ。
 なんだか自分が赤ちゃんにでも戻ってしまったような、大きなお荷物にでもなってしまったような気がして、憂鬱だった。

 歩くのも、食べるのも、遊ぶのも、勉強するのも、何をするのも大事業。いつしか私は、自分の部屋に閉じこもりがちになっていた。出かけると、誰かしら迷惑をかけるから。なるべくそんな機会は減らしたかった。

 雪ちゃんは、そんな私を心配してか、足繁く遊びに来てくれていた。
 気持ちはとても嬉しかったけれど、やっぱり気を遣わせてしまっているなと思うと、嬉しさの反面、ちょっと辛かった。
 してもらうことばかりが増えて、自分は人の為に何もできないという無力感が、私を分厚く包みこみ、どんどんがんじがらめになっていくのを感じた。


 雪ちゃんは、私をなんとか外に連れ出そうとしていた。
 やれ新発売のおいしいお菓子を奢ってあげるからとか、うちのお母さんがとんでもなくおいしいカレーをつくったから食べに来いだとか、あの手この手で私を誘ってくれたけど、私はその気持ちに応えることができなかった。
 ……カレーは結局、うちに持ってきてもらったんだけどね。

 一度だけ、雪ちゃんの誘いにのったことがある。
 なんでも雪ちゃんが、とっても日向ぼっこ向きの、広い芝生のある公園をみつけたということで、一緒に行こうと誘われたのだ。
 毎回毎回、誘われては断り、誘われては断りを繰り返していて、いい加減気がとがめていたので、そのときはつい、「うん」と言ってしまった。
 ……まあ「広い芝生でのんびり日向ぼっこ」という企画の魅力そのものにも惹かれたんだけど。

 でも、結局駄目だった。
 どうしても、今の私に『知らない道』は歩けなかった。
 私にとって、『知らない道』は真の闇だ。怖くて、怖くて、どうしようもなかった。
 暗闇の中に響く音、音、音。
 他人の声。他人の足音。車のエンジン音。鳥の鳴き声。犬の吼える声。
 それら全てが、私の想像力を刺激し、ありもしない巨大な恐怖を創造する。
 すぐそばに雪ちゃんがいるはずなのに、手をつないでいるはずなのに、どこにもいなかった。
 気がつくと私は、漆黒の闇の中、一人ぼっちでひざを抱えて震えていた。

 どうやって帰り着いたのかは覚えていない。
 ただ、「無理させちゃってごめん、ごめんね、みさき。みさきぃ……」と、泣きながら繰り返す雪ちゃんの哀しげな声が、耳について離れなかった。


 いつものように雪ちゃんが私の部屋に遊びに来ていたある日、ついに私は言ってしまった。

「雪ちゃん。ごめん。私、これからとっても酷いことを言うよ。
 ……私、もうこれ以上自分が雪ちゃんに迷惑をかけるのが、つらくてつらくて耐えられないんだよ。雪ちゃんに迷惑ばかりかける自分をこれ以上見ていると、また変な事考えてしまいそうなんだ。

 ……おねがい。私のことを思ってくれるなら、何も言わずに当分、そっとしておいて……」

 最後はちょっと、言葉がかすれてしまった。

 雪ちゃんは「みさき……」としばらく絶句していた。

 雪ちゃんが揺れているのを感じる。
 雪ちゃんが幾度も幾度も、何かを言おうとしてはやめ、言おうとしてはやめしているのが分かる。
 雪ちゃんの苦しみがこちらまで伝わってきて、とても辛かった。

 でも、ここでまた雪ちゃんに甘えてしまったら、絶対にお互いの為にならない。そう信じて、私は必死でこらえていた。
 ごめんね嘘だよ、と今にも抱きついて泣きだしてしまいたくなる自分を、全力で押さえつけながら。

 やがて雪ちゃんが肩を落とす気配がした。
 次第に遠ざかっていく、聞きなれた雪ちゃんの足音。それがためらうように止まるたび、雪ちゃんの視線を感じる。けれど、私にはやっぱり何も応えることができなかった。顔を伏せたまま、涙をこらえて、ただじっと耐えることしかできなかった。
 雪ちゃんに泣き顔を見せたくなかったから。

 せめて、最後は。

 ぱたん。
 私の部屋の扉が閉じる音が、なんだかやけに乾いていたのを覚えている。


 始まりは、一通の手紙だった。

『はじめまして。わたしは小学六年生の女の子で、ミユキといいます。もし良かったら、私のお友達になってくれませんか?』

 お母さんによると、なんでもミユキちゃんは、お母さんの友人の娘さんらしい。真面目すぎて人づきあいが苦手である一方、とてもさびしがりやさんなので、いろいろ落ち込むことが多い子なのだそうだ。

「気分転換にでもいいから、時々何か返事を出してあげてよ」

 雪ちゃんとのことで気持ちが落ち込んでいた私は、なんとなくOKした。
 手紙なら、私の目が相手に迷惑をかけることもない。それでも読み書きはお母さんにお願いしないといけないから、お母さんには迷惑をかけちゃうけど、そこは紹介者として、勘弁してほしい。

 それに。
 私にもまだ、他の誰かの為にできることがあるんだと思うと、ちょっと嬉しかった。

『はじめまして。私の名前は川名みさきといいます。あなたと同じ六年生です……』

 それから、私とミユキちゃんとの文通がはじまった。

 誰に対するときも、迷惑をかけてしまうのではないかと気にするようになっていた私にとって、ミユキちゃんとの文通は、そんな余計な気を回さず、まるで光を失う前のように普通に友達づきあいができる、唯一の場だった。手紙を介した世界のなかでは、私の目が見えないことなんて、なんの障害にもならなかった。



『……この間ご近所で猫が赤ちゃんを産んだんだって。そのご近所の方が、子猫を連れて遊びに来てくれたんだけど、これがもう、本当にかわいいんだよ。
 うなーうなーってちっちゃい声で鳴きながら、ちっちゃい体でこっちに寄って来てくれるの。それでよしよしって頭を撫でて、抱っこしてみたんだ。ちょっと乱暴に扱ったら壊れちゃうんじゃないかってくらいほそっちょで、でもしっかりと命の温もりは宿しているんだよ。
 ……まあ、当たり前なんだけど、なんだかとっても不思議な気分になったよ。神様だか誰だか知らないけれど、どうやってあんなにかわいらしい生き物を造り出せたんだろうねぇ。
 ミユキちゃんのまわりでも、何か面白いことがあったら教えてほしいな。あと、趣味の話とか、どうかな? 映画とか小説とか、どんなのが好きかな?』


『趣味……。私、映画も小説も見ないんです……。割と無趣味だねとかいわれるほうなんですよ。
 強いて言うならお散歩でしょうか。といっても、家族で旅行とか、ハイキングとか、そういう大それたものじゃなくて、本当にただの、お散歩。
 私、自分の身近な街を歩き回るのが好きなんです。自分の街って、知っているようで実は知らなかったりするじゃないですか。学校への通学路から一本裏に入ると、そこには知らない人がいて、知らない空気の中で生き、知らない世界を形作っている。
 そういう、身近な街の新たな一面みたいなのを見つける瞬間が大好きなんです……』


『そっか、ミユキちゃんもお散歩好きなんだね。実は私も大好きなんだよ。
 私ね、夕焼けが好きなんだ。だからいろんなところへ歩いていっては、夕焼けの素敵さを比べていたんだけど、このへんだと特に近所の高校の屋上から見る夕焼けが、本当に素敵なんだよ。日の沈む方向にあんまり高い建物がなくてね。見晴らしが最高だったんだ。それでね……』



 趣味のこと、最近気に入っているラジオ番組のこと、おすすめのCDのこと、家族の話、友達の話、先生の話、学校の話、恋愛の話。……そんな他愛もない、なんでもない話題。平凡で穏やかな時間。でもそれこそが、私が本当に切望し、でももう失ってしまったと諦めていたものだった。

 いわば、暗闇に閉ざされていた私の心に、小さく窓が開いたようなものだった。私はまず、そんな窓がまだ自分の心の中にあったことに驚いた。それから、夢中で覗き込んだ。
 その窓は小さいけれど確かに、差し込んでくる光を感じることができた。そしてその光は、とっても暖かかった。


 だから、素直に言うことができたのだと思う。

『ミユキちゃん、これから、ちょっとびっくりするような話をするけど、できれば驚かないで聞いてほしいんだ。
 私、実はある事故が原因で目が見えなくなっちゃったんだ。だからこの手紙も、いつもお母さんに書いてもらっていたんだよ。
 それでね、そのことがきっかけで、大切な友達までなくしちゃったんだ。なくしたというよりは、私のほうから手を離しちゃったんだけどね……。ちょうどミユキちゃんとの文通が始まったのと同じ頃だった。
 だから、って言うとちょっと変だし、失礼かもしれないけど、私、ミユキちゃんとの文通にとても支えられていたんだよ。

 私、確かに目は見えなくなってしまったけれど、そのことで心まで真っ暗にすることはなかったんだよね。
 ミユキちゃんと話していて、今の私にだって何かの役に立つことができるって思えるようになったんだ。
 誰かの友達として、やっていける自信がついたって言うと……変かな。

 これから、その手を離してしまった友達に連絡してみようと思うんだ。謝って許してもらえるかどうかは分からないけれど、でも、こんなことになっても、必死で私の友達であろうとしてくれた彼女の気持ちに報いるために、私も誠心誠意精一杯謝ろうと思う。

 そんな勇気をもてたのは、ミユキちゃんのおかげだよ。

 だから、改めて言わせてください。

 ミユキちゃん、ありがとう』

 私はその手紙をお母さんに託すとすぐに、雪ちゃんに電話をした。

 そこで私たちが具体的に何を話したのか、実はよく覚えていない。

 ただもうとにかく、お互いにごめんなさいごめんなさいばかりいっていたような気がする。もう、ここで一生分の「ごめんなさい」を使い果たそうと決心しているかのように、二人でずっと謝っていた。

 まるで、出逢った幼稚園のころにでも戻ったかのように、電話口でわあわあ泣き声をあげながら。

 あの時流せなかった涙を、二人精一杯流しながら。



 すぐにまた、ミユキちゃんにお礼状を書いた。
 ミユキちゃんは、私と雪ちゃんとの仲直りを、本当に我がことのように喜んでくれた。

『お手紙読んで思わず泣いちゃいました。私がこれまで読んだどんな小説よりも感動しちゃいましたよ。
 きっと雪ちゃんという方も、ずっと後悔されていたんだと思います。お二人の大切な友情に、わずかでも助けになることが出来たとしたら、こんなに嬉しいことはありません。みさきさん、雪見さん、本当におめでとうございました。これからも、ずっとずっと仲良くしてくださいね。』

 ミユキちゃんとの文通は、その後もしばらく続いた。
 小学校の卒業の日に、この手紙が届くまでは。

『卒業を機に、父の勤務先であるイギリスへ転居することになりました。4年ほど、あちらで生活することになるようです。みさきさんには本当に良くしていただいて、おかげさまで日本での最後の日々に、とても楽しい想い出を作ることができました。
 言葉も文化も違いますし、先方ではしばらくの間、かなり忙しい日々が続くと思います。とっても残念ですが、この旅立ちを機に、この文通にも一区切りをつけたいと思います。こんな素敵なみさきさんとの想い出を、自然消滅で終わらせたくないのです。だからあえて、あちらでの連絡先はお知らせしません。どうか雪見さんとの友情を大切に。

P.S.
卒業と、私たちの交流の記念に、あなたの好きな夕焼けを贈ります。どうぞ受け取ってください。』

 その手紙には、ちいさな真紅のガラス球が一つ入っていた。
 それは、触れられる夕焼けだった。
 世界広しといえども、手のひらに収まる夕焼けを持っている人はそういないだろう。『見られないなら、感じればいいんだよ』そう、ミユキちゃんに教えられたような気がした。
 見えはしなくても、夕焼けは確かに存在する。何かを感じ取る方法は、なにも見ることだけではないのだから。

 それからも何度か、ミユキちゃん宛ての手紙を書いたけれど、返事は返ってこなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 お父さんの車を降りて、待ち合わせ場所の公園のベンチに腰掛けた。
 時刻は午後12時50分。きっかり集合時間10分前だ。
 待ち合わせると毎回必ず、計ったように時間ぴったりでやってくる人なので、今日も多分時間通りに、あと10分くらいで逢えると思う。

 待ち遠しい。
 私は目を閉じて耳をすます。
 最も慣れ親しんだ、その人の足音を待って。

 待ち合わせ場所に現れた雪ちゃんは、私の前で足を止めると驚きの声を上げた。
「……あれ? みさき? ……やっぱりみさきだ! ええー!? いったいどうしたのよその格好! 随分気合が入ってるね〜。今日この後誰か人と逢う約束でもあるの?」
「ううん、今日の予定は雪ちゃんでいっぱいだよ」
「ふうん……でも、それにしては気合が入りすぎなんじゃないの?」
「……ねえ、雪ちゃん。一つ教えて欲しいことがあるんだけど」
「なに?」
「小学生の頃、私のペンフレンドで、ミユキちゃんっていう娘がいたの、覚えてる?」
「……ああ、うん。覚えてるよ。みさきが何度も彼女の話をしてくれたからね」

「今だから聞くけど、あのミユキちゃんの名前って、『深山雪見』を縮めて作ったの? それとも『ゆきみ』を入れ替えて作ったの?」

「え……」

 雪ちゃんは驚愕の声を上げて固まった。

「ばれてた……の?」

 うふ。意地悪な気分になってきた。ちょっといじめちゃおうかな。

「ふふふ。幼馴染をなめちゃ駄目だよ。
 私が目の話をする前から、小説とか映画とかドラマとか、目をつかう話を全て避けるのもちょっと不自然だったしね。
 それに、あの仲直りのとき。ミユキちゃん小説読まないはずなのに『今まで読んだどんな小説より感動しちゃいました』って」
「……うっ。そんなこと書いたっけ? 気づかなかった……」
 私はそっと両手で、まだおろおろ混乱している雪ちゃんの手をとった。
「……ううん。でも本当は、そういう雪ちゃんの優しいところが、私は大好きだよ」

「えっ……。いや、あはは……」

 雪ちゃんは恥ずかしそうに笑う。
 そうそう。実はてれ屋さん、なところも、雪ちゃんの魅力だよ。

「それにしても見事な演技だったね。言葉遣いとか話の内容からじゃあ、全然雪ちゃんだって分からなかったよ」
「そりゃ、私だって必死だったもの」
「そっか」
「うん。
 ……今にして思えば、私の演劇の原点は、あのミユキなのかもしれないなって、思うんだ。
 お芝居には、人を元気にする力があるって、実感できたから」

「そっかー……」
「……うん」

「……」
「……」



「それにしてもちょっと恥ずかしいな」
「うん?」
「だって、みさきはミユキの正体が私だって途中で気づいてたんでしょ? 考えてみたらミユキって、手紙の中で『雪見さんと仲良く』みたいなことを頻繁に言ってたじゃない。……ああ。言葉にしてみたら一層恥ずかしくなってきた……」
 雪ちゃんはよほど恥ずかしいのか、なにやらじたばた身もだえさえしている。
「あはは」
「笑わないでよー」
「あはは! ごめんごめん。……でもね」

 私は真顔に戻って言った。

「確かに私、ミユキちゃんの正体は雪ちゃんだろうとは思っていたけど、そういう事実とは別に、本当に私たちを見守ってくれていたミユキちゃんはきっといたって、そう思っているんだよ」
「え?」
 雪ちゃんはいぶかしそうに問い返す。
「ううん。うまくいえないんだけどね。
 ……ミユキちゃん、今もこの世界のどこかで、私たちのことを見守ってくれているんじゃないかなって。もし、イギリスに遊びに行ったら、本当にそこでミユキちゃんに逢えたんじゃないかなって。なんだかそう思えてしょうがないんだよ」

「……ふぅん。なるほど。それってなんとなく素敵な考え方ね」
「ふふふ、でしょう? 雪ちゃんならきっと解ってくれると思っていたよ。……ところで」
「ん?」
「今日がなんの日か、雪ちゃん解ってる?」
「え? ええっと。今日は……ううん、祝日の話じゃなさそうね……」
「もう。やっぱり覚えてないんだね。じゃあ、私がなんでこんな格好をしているのか、まだ分からないんだ。……張り合いがないなあ」
「え? え?」
「しょうがないなあ。
 まず今年は、ミユキちゃんがイギリスから日本に帰ってくる年。
 そして今日はね、ミユキちゃんの誕生日だよ」
「…………あ」

 そう。
 今日は、雪ちゃんが慣れない嘘をつき始めた日。
 あの優しいお芝居の幕が上がった日。

 ミユキちゃんが初めて私に手紙をくれた日なのだ。

「じゃあ、はい、これ。ミユキちゃん、お誕生日おめでとう」

 私は、家からずっと大切に持ってきたプレゼントを差し出した。
 雪ちゃんはくすりと笑って、口調を変えた。
「ありがとうございます……。えっと、ここで開けちゃってもいいですか?」
 そうそう。丁寧で、ちょっと緊張気味で。私が想像していたミユキちゃんの喋り方そっくり。
「うん、もちろん。是非開けてみて」
「はい、では……」
 カサカサと、プレゼントの包みを解く音が聞こえる。
「……あ、これ……」
「……どうかな? 気に入ってもらえたかな?」

 私と雪ちゃんの絆の象徴である、ミユキちゃんに贈ったもの。
 それは別れの日彼女からもらったものと同じ、夕焼け色のガラス球だった。

 大切な宝物とおそろいのガラス球を贈ります。
 私の精一杯の願いと共に。

『これからも、同じ空の下、生きていこうね』


「……じゃあ、今日は二人でミユキちゃんのお誕生日をお祝いすることにしようか」
「雪ちゃんやっぱりニブイよ。私は最初からそのつもりだったから、こんな格好をしてきたんだよ」
「ムッ。みさきにだけはニブイなんていわれたくないんだけど」
「私は本当のことを言っただけだよ」
「……みーさーきー!」
「あはは」
「こうしてくれる!」
「あははははーっ」

 雪ちゃんにぽかぽかと叩かれながら。
 私もぽかぽかと叩き返しながら。


 私たちは、その日、いつまでも笑っていました。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 読んでくださってありがとうございます。文月そらです。
 indexページにも書きましたが、これは本来、おねSSこんぺに提出する予定だったお話です。……遅刻してしまいましたが。
 本当に残念です。どんな結果になるとしても、あの高みに挑戦してみたかった。

 さて、雪見先輩とみさき先輩。おそらく親友といっていい間柄だと思うのですが、意外にも二人の友情を描いたシーンというのは、本編にほとんど出てきません。雪見先輩の出番は、実はほとんど澪シナリオだったりもします。
 僕はここが不満でした。
 みさき先輩と雪見先輩は少なくとも小学校時代からの幼馴染らしい。すなわち、恐らくはあの事件の前からの。
 つまりこの二人の友情は、その事件を乗り越えてきたわけです。じゃあどうやって? それがこのお話の出発点でした。

 さて、御感想のほうは如何でしたでしょうか?
 一言でもよいので、是非お寄せください。お待ちしております。

 では、ご縁がありましたら是非また次のおはなしで。

おたより、おまちしてます。

●おなまえ ●mail

●メッセージ

もどる