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2006年12月 6日

[KanonSS]美汐さん誕生日SS「あたたかい、さがしもの」 美汐さん誕生日SS「あたたかい、さがしもの」

うおお。なんとか間に合った、かな?
今回も牛丼さんの挿絵があります。読んで頂ければ幸いです。


 

「あたたかい、さがしもの」

 12月の鈍色の空から、絶え間なく白いものが舞い降りてくる。
 わたしは、傘に切り取られた空をぼんやりと見上げながら、いつもの家路を辿っていた。
 駅を抜け、わたしの住む団地へと通じる、あまり車の通らない坂道を登っていると、道端に真紅のコートを着た小さな女の子が立っているのが見えた。最初はあまり気に留めていなかったのだけど、近づくにつれて、なんとなくあった違和感がはっきりしてきた。多分、小学2、3年生ほどと見えるその女の子は、真っ赤な顔で、瞳を今にもこぼれそうな涙でいっぱいにしていたのだ。
 どうしたのだろうと見つめていると、女の子のほうもわたしに気づいた様子だった。そしてわたしの前まで歩いてきて立ち止まると、何かを訴えるように、じっとこちらを見つめてきた。
 わたしはしゃがんで、女の子の瞳に向かって問いかけた。
「どうしたの? 何か哀しいことがあった?」
 その言葉がきっかけになってしまったのだろう。ずっとこらえてきた涙が、切なげな泣き声とともに堰を切って溢れ出してしまった。
「う、うああ……うあああん……」
「――どうしたの? わたし、どうしたらいいかな」
「うああん……うあああん……」
 何度も問いかけてみたけれど、女の子は泣きながら首を振るばかりで、何も言ってくれない。
 わたしは、怖がらせないようにゆっくりと女の子の手をとった。彼女の手は思った以上に冷え切っていた。冷え性のわたしにはちょっと辛かったけれど、両手で彼女の手を包んでじっと彼女が落ち着くのを待った。手が温まるにつれて、だんだん彼女の泣き声が小さくなってきた。
「どうする? わたしの家に来る?」
 風呂や食事の算段なんかを考えながらわたしはそう提案してみた。すると女の子は泣きながら首を横に振った。
「あのね……」
 しゃくり上げ、震える声を必死で抑えながら、女の子はこう言った。
「おねえちゃんとはぐれたの。ねえ、おねえちゃんしらない?」

「ゆうちゃん」
 女の子はちょっと恥ずかしそうに自分の名前を教えてくれた。
 おねえちゃんとは、駅前の商店街にママのおつかいに出たついでに、クリスマスのプレゼントを選んでいたらしい。パパやママと一緒に来ると、プレゼントが何だかばれてしまうので、びっくりさせようという計画だったのだという。
「でもね、ゆうちゃんはおねえちゃんへのプレゼントもナイショで選びたかったの」
 そこでおねえちゃんから隠れてプレゼントを探しているうちに、はぐれてしまったようだ。
 どこを探してもおねえちゃんが見つからないので、家に帰ろうと思ったけれど、もう疲れてしまっていたし、この道が本当に正しいかどうかも自信がなくなってきてしまったしで、途方にくれていたところに、わたしが通りかかったということのようだ。
「じゃあ、とりあえず商店街に戻りましょうか」
 女の子はこっくりと頷くと、今日はじめての笑顔を見せてくれたのだった。


「アクセサリ屋さん。ゆうちゃんはママにユビワを買ったの。おねえちゃんはネックレスを買った。両方ともイルカさんがついてて、とってもかわいい」

「本屋さん。ゆうちゃんはパパにレキシの本を買ったの。大宇宙せいふくようさいに立てこもったアクのノブナガをセイギのイエヤスがひょうろうぜめでやっつける話なの。ちなみにおねえちゃんはタバコをすうと胸がまっくろになって死にますっていう本を買ってた」

「お花屋さん。ママに頼まれてクリスマスのお花をお願いしたの」

 楽しい記憶が、哀しみをいっとき忘れさせてくれたのだろう。ゆうちゃんはにこにこしながら、今日のお買い物について教えてくれた。
「そう……大丈夫。おねえちゃんにも逢えるわ。わたしに任せて」
「ほんとう!? 美汐お姉ちゃん!」

 ――その呼び名で呼ばれたのは何年ぶりだったろう。

 ちょっとした可能性を胸に、花屋さんを訪れた。ガラス戸を開けるとエプロンをつけた初老の男性が、鉢植に水をやりながら「いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれた。

「すみません。先ほどこの子とこの子のお姉さんがここに来たと思うんですが、お分かりになりますか?」
「ああ、ついさっきだからね。良く覚えてるよ」
 おじさんはにっこり笑って、ゆうちゃんの頭をくしゃっと撫でた。
「……でしたら、クリスマス指定でこの子の家にお花を届けることになっているんじゃないかと思うんですが……伝票に住所が書いてありませんか? どうも迷子になってしまったみたいで……おうちに連れて帰ってあげたいんです」
「おや、それは大変だ。確かに、クリスマスのお届け物として注文を受けたよ。ちょっとまってね」
 おじさんは伝票の束をごそごそと漁って、ゆうちゃんの住所を探し出してくれた。

「よかったね、ゆうちゃん」
「……ほんとう!? ゆうちゃんおうちに帰れる?!」
「ええ。わたしの家の近くですから、場所は良くわかるわ。……今すぐおうちに帰る?」
 ゆうちゃんはちょっとだけ迷ったようだったが、すぐに首を横に振った。
「まだおねえちゃんのクリスマスプレゼントを買ってないの。美汐お姉ちゃん。いっしょにえらんでほしいな」
 住所と一緒に判明した電話番号で、とりあえずご家族に連絡を入れてから、わたしはゆうちゃんのお買い物に付き合うことにした。

 すっかり元気になったゆうちゃんは、デパートの隅から隅までを飛び回り、かわいらしい耳の長いブタのキャラクターがついた筆箱を選んだ。
「ほらっ。これいーでしょー? おねえちゃん。ぶたさん大好きなんだ」
「そう。きっとおねえちゃんも喜ぶわ」
 そろそろ、夜の帳が降りる頃合だ。完全に暗くなってしまう前にゆうちゃんを家まで送り届けようと、わたしはデパートを出ようとした。……ところが、ゆうちゃんが動かない。そしてこんなことを言い出した。
「美汐お姉ちゃんは?」
「え?」
「美汐お姉ちゃんはクリスマスプレゼント買わないの?」
「わたし? わたしは……特に何も……」
「えー、カレシとかにあげればいいじゃん!」
 がつん。不意に後頭部を叩かれたような気がした。眼から火が出た。
 いや、あの……。これだから最近の子は……。
「か、かれしなんていません! ……いきますよ!」
「えー。つまんないのー!」
「つまんなくっていいんです!」
 ずんずんと店の外にゆうちゃんを連れ出す。外気に冷やされる頬が妙に心地良い。……どうやら上気していたらしい。ふう。

 丁度、ゆうちゃんと出逢ったあたりの道にさしかかったところだった。
「ゆう? ……やっぱりゆうだ!! ゆううう!」
 突然掛けられた声に、ゆうちゃんはぴくりと反応した。
 声のする方では、ゆうちゃんとおそろいの真紅のコートを羽織った、小学4年生くらいの女の子が、車道の反対側から必死でこちら側に身を乗り出していた。そしてその子の手を握って、車道に飛び出さないようにこれまた必死で引き止めているのは……。
「あ、相沢さん……!」
「……よ、よお天野。奇遇だな……」

 ゆうちゃんとおねえちゃんは、しっかりと手をつないで楽しそうに囁き交し、歩いている。
 その姿を眺めながら、道すがら聞いた話では、なんでも相沢さんは相沢さんで、今日は一日、ゆうちゃんのおねえちゃんに連れまわされて大変だったらしい。
「商店街で、手当たり次第に『妹を知りませんか』って聞いて回ってる子がいるからさ、まずは交番に届けるべきだろうと言ったんだが、ぜったいすぐ見つかるから大丈夫ですって聞かなくてさ……。どうにか説得して、交番で家に連絡をとったら、もう妹さんとは連絡がとれてるらしいって話になったんだよ。それで家で待とうって話になって、あそこまで帰ってきたところだったんだ」
 いや、疲れたぞ実際。と相沢さんは苦笑する。
「天野はどうだったんだ?」
「まあ、似たようなものですが」
 瞳を閉じる。ゆうちゃんの笑顔と、手に伝わる温もりが蘇ってきた。
「わたし、楽しかったです」
「そうか」
 相沢さんも笑顔になった。
 今度は苦笑じゃなかった。

「それじゃあ、あたしたちはこのへんで」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう」
 ゆうちゃんとおねえちゃんが、手をつないだままぺこりと頭を下げる。
「おう。もう迷子になるんじゃないぞ」
「気をつけて帰ってね」

「……その前に」
「ん?」
 ゆうちゃんとおねえちゃんはいたずらっぽい笑いを浮かべると、こう言った。

「わたしたちから、美汐おねえちゃんと祐一おにいちゃんにクリスマスプレゼントです!」
 じゃーん、という効果音付きで、手書きの便箋が突き出された。
 相沢さんが受け取って書かれた文字を読み上げる。
「ん? 『美汐お姉ちゃんに一日やさしくする券』!?」

「カノジョにもっと優しくしてあげなきゃダメだよーっ!!」
 きゃははははっ! と歓声をあげて、ゆうちゃんとおねえちゃんは、しっかりと手をつないで駆けていった。

 次第に小さくなっていく二つの赤い背中を見送りながら、相沢さんはくしゃくしゃと自分の頭をかき回しながら呟いた。
「全く最近のガキはマセてるなあ……」
 二人で苦笑。

 そして、子どもたちが去り、再び穏やかで、ちょっと寂しい日常が帰ってきた。
「帰りましょうか」
「いや」
 踏み出したわたしを、相沢さんが止めた。
「丁度いいじゃないか。……今日、お前誕生日だったろ?」
「あ……」
 覚えていてくれる人がいたという驚きと、それが相沢さんだったという驚き。
「この券、使ってみてくれよ。……あ。天野のことだから、とんでもないことは言い出さないとは思うが、あまり金のかかることは困るからな! くれぐれも常識の範囲で頼むぞ!」
 その様子があまりにも必死なので、思わずわたしはふき出してしまった。
「……笑うなよ」
「ふふ……すみません」
 でも、この笑いのおかげで、素直に言い出すことができた気がする。
「……ひとつだけお願い、聞いてもらえますか?」
「ああ」
「じゃあ、ちょっとだけ百花屋に、お付き合いしていただけますか……?」

美汐さんお誕生日おめでとう

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投稿者 文月そら : 23:53 | コメント (2) | トラックバック