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2007年1月29日

[KanonSS]お茶目な美汐さん お茶目な美汐さん

 1月の最初の日曜日の午後。
 天気、快晴。

 ものみの丘を、風が渡っていく。
 山裾から上ってきた風が、木々を、そしてこの丘の草むらをざわざわと揺らしながら、俺に吹き付けてきた。
「うう、さむっ」
 ぶるっと身を縮め、震える。
 少しでも、この冷たい風から逃げたい。そんな俺を、冬でも緑を失わない草原のベッドが誘っていた。俺は思わず体を大の字に投げ出した。

「ん……。おおーぉ……」

 地面はもっと冷たいかと思ったが、思ったほどではない。寒風の吹きつける面積も劇的に減ったし……これは思った以上に快適な体勢だった。
 ……静かだ。結構離れているはずの森の方向から、動物が木を踏み折る音や、時折鳥の羽ばたく音まで聞こえる。
 相変わらず寒いことは寒い。けれど、こうしてじっとしていると、陽の光の暖かさをじんわりと感じることができた。ささくれ立った気持ちも、ゆっくりと解けていくような気がする。
 なんとなく気持ちよくなって、俺はいつしかまどろんでいた。

「――何してるんですか?」
 聞き慣れた声が、俺を現実に引き戻した。
 俺は、あえてそちらを見ずに応じた。
「ふあぁ……何してるように見える?」
「……寝転んでるように見えますね」
 あまりにも彼女らしい、真面目すぎる返答に、ちょっと意地悪な気持ちが頭をもたげてきた。
「じゃあ、きっと寝転んでるんだろう」
「……私は、なんでこの冬の真っ盛り、野外で地べたに寝転んでるんですかってお訊きしたんです」
「そんな難しいことを訊かれても分からない」
「……」
「……」
 あれ? 反応がない。怒らせたか……?
 ちょっと不安になってきたところで……いきなり。

「わっ!」
 突然、彼女が今まで聞いた事のない音量で声を発したかと思うと。

 視界がいきなり全面天野美汐になった。
 しかも、近い。
 一瞬、目が点になった。

「わ! わ! わーっ!!」
 あまりにもビックリしたために、俺は思わず絶叫しながらなりふりかまわず尻で後ずさった。
「ぷっ……ふふふっ」
 恐らくそれは、想像を越える無様さだったのだろう。あの天野が大笑いしていた。
「お、お前……本当に天野美汐かっ!?」
「……? どうしてですか?」
「俺の知っている天野美汐は、あんなお茶目なことはしないし、そんなお茶目に笑わない」
「……私、お茶目でした?」
「ああ、お茶目だった。いつもの天野のお茶目さを1天野とすると、今のは10秋子さんくらいお茶目だった」
「……」
「ちなみに1秋子さんは500天野だ」
「……からかってます?」
「それに気付ける今日の天野は、やっぱりいつもと一味違うな」
「……まあいいです。私、お茶目だなんて言われたことなかったから、ちょっと嬉しかったです」
 そう言って天野は、やけに屈託なく、にっこりと笑った。

 ――うわ。
「どうしたんですか? 相沢さん。何か顔色が――あ! こんなとこで寝てるから、風邪でもひいたんじゃないですか?」
 大変、どうしましょう。とか言いながら、天野は早く病院へ行きましょうと俺の手を引っ張りだした。
「だ、大丈夫だって」
 俺はとりあえず、天野に引っ張られるままに立ち上がった。
「でも……」
「いいから。 ――熱もないし、鼻も喉も正常だ。顔色は恐らくきっと多分寒いからだ。絶対」
「そうですか?」
 なおも疑わしそうに、俺の顔をためつすがめつ眺めている。
「そ、それはそうと」
 とにかく、主導権を取り戻すために、話題を変えることにする。
「お前、何しに来たんだ? もしかして、うちに寄ったか?」
「相沢さんのおうちにですか? いいえ?」
「そうか」
 もしや秋子さんのさしがねかとも思ったが、どうも違うらしい。重ねて無様をさらしたかと思ったが、どうやらそっちは大丈夫なようだ。
「何かあったんですか?」
「いや別に。……今日は秋子さんにお茶目の極意でも伝授されてきたのかと思ったんだ」
「まさか」
 天野はまた、ふふふと笑ってから、改めて俺に向き直った。咳払いまでしている。
「……ところで相沢さん」
「何だ?」
「ちなみにですけど、名雪さんならもう怒ってないそうですよ?」
「……お前……。やっぱり知ってたんじゃないか! このタヌキちゃんめ!」


 今日、学校から帰ったら、リビングのテーブルの上にシュークリームが一つ、皿に乗っていた。
 誰もいなかったので、もうみんなで食って、俺のが余っているのかと思って食ったんだが……。
 どうも名雪のものだったらしく、帰ってくるなりえらい剣幕で怒鳴られたのだ。

『祐一はなんで勝手に一個しかないものを食べちゃうの!? おかしいよ!』
『リビングに一個放置されてれば食べてもいいもんだと思うだろうが! ふつう!』
『しらないよ! ゆういちのばかー!』
『ば、ばかっていうなー!』
『ひどいよ祐一! それ遠くのお店のだから、前からずーっと食べたくて、でも食べられなくて……今日ようやく香里に買ってきてもらえたんだよ? 買い物から帰ったらゆっくり食べようと思ってずっとずっと楽しみにしていたんだよ? ばかー! ゆういちのばかー!』
『あーうるさい! ばかっていったやつがばかだばーか!』
『うー……』
 名雪が恨みがましい目で俺を見つめてくる。……こうなると長いんだ。
『ちょっと祐一、どこいくの?』
『散歩だ散歩!』
 まあ、なんというか見事な売り言葉に買い言葉。


「まさか天野に謀られるとは思わなかった。裏切られた」
「裏切ってなんかいませんよ」
「いーや。裏切られた。ああ、ショックだ。俺の知っている天野美汐は、もっと物腰が上品だったのに」
 そして天野は。
「別にいいじゃないですか。今日の私は、いつもの5000倍もお茶目なんですよね?」
 にっこりと笑って、『オススメのおいしいシュークリームのお店』とやらに誘ってくるのだった。

 ――だからその笑顔はやめてくれ。
 また風邪なんかひいてないって言わなきゃいけなくなっちまうだろ。

投稿者 文月そら : 2007年1月29日 00:58

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コメント

………(赤ッ

…こほん。
素敵なお話ですね。ナミさんのイラストもまた素敵です。
「タヌキちゃんめ!」も大目にみましょう。

投稿者 あまのみしお@美汐.JP : 2007年1月29日 23:29

1秋子さん・・・イカす単位だ

投稿者 COBRA : 2007年1月29日 23:31

名雪がカワイイ。

投稿者 久慈 : 2007年1月30日 13:24

大赤面・・・絶対まともに目を合わせられない・・・

投稿者 pao : 2007年4月26日 17:20

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