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2008年4月19日
■[KanonSS]エウレイカ!
脚立の上から、司書のお姉さんが振り向く。
「どれ、お取りしますか?」
「……あ、その上の……それ、お願いします」
何とか外面を取り繕いながらも、内心は激しく動揺していた。
ここは図書館だ。この場所で書籍以外にこんなに感動する出来事に出会うとは思わなかった。
ギリシャの偉大なる科学者アルキメデスは、かのアルキメデスの原理を入浴中に発見した際、思わず裸で飛び出して、
「エウレイカ!(発見した!)エウレイカ!(発見した!)エウレカセブン!(エウレカセブンは日曜朝7時!)」
と叫んだというが、今まさに俺がそう叫びたかった。
いいか? み、見たままを話すぜ?
“ストッキングかと思っていたら、オーバーニーだった”
どうよこの予想だにしない絶対領域の不意打ち!
普通、ひざ下丈のスカートの下にオーバーニーなんてはかねえだろ!
新しすぎる。誰だこんな制服を考えたヤツは!
こ の 変 態 野 郎 !
と褒め称えたい。
更に彼女、普段ちょっと無愛想な感じなので、ギャップがまた素晴らしい!
「返却日は2週間後です」
カウンターの向こうから、いつも通りあくまで事務的に本を差し出す司書のお姉さん。
『よし、明日も借りに来よう』
俺は心に誓うのだった。
『なるべく高いところの本を!』
いや、その変態野郎は私なわけですが!
ということで、久々の牛丼さんの絵です。
司書になった美汐さんです。すんばらしい。
なにげに尻がけしからんので、そう言ったら『その尻を描きたかった』とのこと。
しかし。
こんなけしからん図書館が本当にあったら、みんな高いところの本しか借りなくなって大変なんじゃないでしょうかっ!
……あれ? 私だけ……?
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投稿者 文月そら : 00:00 | コメント (2) | トラックバック
2007年1月29日
■[KanonSS]お茶目な美汐さん
1月の最初の日曜日の午後。
天気、快晴。
ものみの丘を、風が渡っていく。
山裾から上ってきた風が、木々を、そしてこの丘の草むらをざわざわと揺らしながら、俺に吹き付けてきた。
「うう、さむっ」
ぶるっと身を縮め、震える。
少しでも、この冷たい風から逃げたい。そんな俺を、冬でも緑を失わない草原のベッドが誘っていた。俺は思わず体を大の字に投げ出した。
「ん……。おおーぉ……」
地面はもっと冷たいかと思ったが、思ったほどではない。寒風の吹きつける面積も劇的に減ったし……これは思った以上に快適な体勢だった。
……静かだ。結構離れているはずの森の方向から、動物が木を踏み折る音や、時折鳥の羽ばたく音まで聞こえる。
相変わらず寒いことは寒い。けれど、こうしてじっとしていると、陽の光の暖かさをじんわりと感じることができた。ささくれ立った気持ちも、ゆっくりと解けていくような気がする。
なんとなく気持ちよくなって、俺はいつしかまどろんでいた。
「――何してるんですか?」
聞き慣れた声が、俺を現実に引き戻した。
俺は、あえてそちらを見ずに応じた。
「ふあぁ……何してるように見える?」
「……寝転んでるように見えますね」
あまりにも彼女らしい、真面目すぎる返答に、ちょっと意地悪な気持ちが頭をもたげてきた。
「じゃあ、きっと寝転んでるんだろう」
「……私は、なんでこの冬の真っ盛り、野外で地べたに寝転んでるんですかってお訊きしたんです」
「そんな難しいことを訊かれても分からない」
「……」
「……」
あれ? 反応がない。怒らせたか……?
ちょっと不安になってきたところで……いきなり。
「わっ!」
突然、彼女が今まで聞いた事のない音量で声を発したかと思うと。
視界がいきなり全面天野美汐になった。
しかも、近い。
一瞬、目が点になった。
「わ! わ! わーっ!!」
あまりにもビックリしたために、俺は思わず絶叫しながらなりふりかまわず尻で後ずさった。
「ぷっ……ふふふっ」
恐らくそれは、想像を越える無様さだったのだろう。あの天野が大笑いしていた。
「お、お前……本当に天野美汐かっ!?」
「……? どうしてですか?」
「俺の知っている天野美汐は、あんなお茶目なことはしないし、そんなお茶目に笑わない」
「……私、お茶目でした?」
「ああ、お茶目だった。いつもの天野のお茶目さを1天野とすると、今のは10秋子さんくらいお茶目だった」
「……」
「ちなみに1秋子さんは500天野だ」
「……からかってます?」
「それに気付ける今日の天野は、やっぱりいつもと一味違うな」
「……まあいいです。私、お茶目だなんて言われたことなかったから、ちょっと嬉しかったです」
そう言って天野は、やけに屈託なく、にっこりと笑った。
――うわ。
「どうしたんですか? 相沢さん。何か顔色が――あ! こんなとこで寝てるから、風邪でもひいたんじゃないですか?」
大変、どうしましょう。とか言いながら、天野は早く病院へ行きましょうと俺の手を引っ張りだした。
「だ、大丈夫だって」
俺はとりあえず、天野に引っ張られるままに立ち上がった。
「でも……」
「いいから。 ――熱もないし、鼻も喉も正常だ。顔色は恐らくきっと多分寒いからだ。絶対」
「そうですか?」
なおも疑わしそうに、俺の顔をためつすがめつ眺めている。
「そ、それはそうと」
とにかく、主導権を取り戻すために、話題を変えることにする。
「お前、何しに来たんだ? もしかして、うちに寄ったか?」
「相沢さんのおうちにですか? いいえ?」
「そうか」
もしや秋子さんのさしがねかとも思ったが、どうも違うらしい。重ねて無様をさらしたかと思ったが、どうやらそっちは大丈夫なようだ。
「何かあったんですか?」
「いや別に。……今日は秋子さんにお茶目の極意でも伝授されてきたのかと思ったんだ」
「まさか」
天野はまた、ふふふと笑ってから、改めて俺に向き直った。咳払いまでしている。
「……ところで相沢さん」
「何だ?」
「ちなみにですけど、名雪さんならもう怒ってないそうですよ?」
「……お前……。やっぱり知ってたんじゃないか! このタヌキちゃんめ!」
今日、学校から帰ったら、リビングのテーブルの上にシュークリームが一つ、皿に乗っていた。
誰もいなかったので、もうみんなで食って、俺のが余っているのかと思って食ったんだが……。
どうも名雪のものだったらしく、帰ってくるなりえらい剣幕で怒鳴られたのだ。
『祐一はなんで勝手に一個しかないものを食べちゃうの!? おかしいよ!』
『リビングに一個放置されてれば食べてもいいもんだと思うだろうが! ふつう!』
『しらないよ! ゆういちのばかー!』
『ば、ばかっていうなー!』
『ひどいよ祐一! それ遠くのお店のだから、前からずーっと食べたくて、でも食べられなくて……今日ようやく香里に買ってきてもらえたんだよ? 買い物から帰ったらゆっくり食べようと思ってずっとずっと楽しみにしていたんだよ? ばかー! ゆういちのばかー!』
『あーうるさい! ばかっていったやつがばかだばーか!』
『うー……』
名雪が恨みがましい目で俺を見つめてくる。……こうなると長いんだ。
『ちょっと祐一、どこいくの?』
『散歩だ散歩!』
まあ、なんというか見事な売り言葉に買い言葉。
「まさか天野に謀られるとは思わなかった。裏切られた」
「裏切ってなんかいませんよ」
「いーや。裏切られた。ああ、ショックだ。俺の知っている天野美汐は、もっと物腰が上品だったのに」
そして天野は。
「別にいいじゃないですか。今日の私は、いつもの5000倍もお茶目なんですよね?」
にっこりと笑って、『オススメのおいしいシュークリームのお店』とやらに誘ってくるのだった。
――だからその笑顔はやめてくれ。
また風邪なんかひいてないって言わなきゃいけなくなっちまうだろ。
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投稿者 文月そら : 00:58 | コメント (4) | トラックバック
■[KanonSS]あとがき
牛丼さんがまた絵を描いてくれたので、またSSをあて書きしてみました。
本当は、半月以上前に完成しているはずだったんですが、どういうわけかずるずると遅くなってしまいました……。一体なんでだろう……。
ヒント:ディスガイア
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投稿者 文月そら : 00:53 | コメント (0) | トラックバック
2006年12月18日
■[KanonSS]「黒い雨/紅い夜」
小川をはさんで、向かいに豪邸を臨む丘の上の小さな林。
茂みに身を伏せて、美汐はじっと、時が満ちるのを待っていた。
田舎道に不似合いなロールスロイスが、幾台も幾台も重厚な西洋屋敷の巨大な白壁に吸い込まれていったのが、かれこれ3時間前。
……3年前、あの子を失った痛みを、ようやく乗り越えかけた頃。彼女を迎えてくれた優しい人たちがいた。
そんな人たちを、彼女の故郷を、ただ汚職と自らの失策の隠蔽のためだけに、火事を装って焼き尽くした連中。……奴らは、中で盛大に忘年会を開いているはずだった。
――時間的に見て、宴はそろそろ終わりに近づいているはず。
――来るべき人間は全員そろい、酒も充分に入って、油断しきっている時間帯。……ついに、待ち続けた時が到来したと、美汐は感じた。
彼女は携行してきた大きなバッグを開くと、かちりかちりと、凶暴なシルエットを組み上げていく。
……忘年会? 冗談じゃない。
美汐は砲身にロケット弾をセットすると、身を隠してくれていた茂みから一挙動で立ち上がる。
バサバサバサッ!
殺気を感じてか、無数のカラスが闇に沈む木々の間から飛び立ち騒いだ。
舞い落ちる黒い羽。まるで漆黒の雨のよう。
「――忘れさせません」
カチ。
――バズーン!!
引き金を引くと、後頭部を思いっきり殴られたような衝撃が襲ってきた。足をかけていた背の低い木が、ばきばきと崩れ折れる。おかげで体勢が前につんのめってしまったが、別に良い。バズーカに精密射撃は必要ない。
解き放たれたロケット弾は夜空に薄く煙を引きながら堅牢な外壁を飛び越え、屋敷をあっけなくぶち抜く。
ズズーーーン!!
腹の底に堪える重低音と地響き。
崩壊は連鎖し、更に奥では火の手も上がったようだ。
――派手ではあるが、この程度、奴らにとっては見た目ほどのダメージはないはず。あくまでこれは最初の警告にすぎない。それより今は急いでバックアップの仲間に合流し、撤退しなくてはならない。美汐は眼を瞑ってもできるまでに馴染んだ手順をなぞり、手早くその凶暴な筒を片付けると、身を低くし、飛ぶようにその場を離れる。
奴らの、そして彼女自身の破滅の始まりを告げる狼煙を背負って。
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投稿者 文月そら : 22:31 | コメント (5) | トラックバック
■[KanonSS]あとがきというか。
牛丼さんが「バズーカ・ゴスロリ美汐さん」という世にも素晴らしい絵を描いてくれたので、きゃっほうと喜んでいたんですが、牛丼さんは「コレにSSをつけれ」とおっしゃったのです。ひい。
なんともNoFutureな感じですが、美汐さんの明日はどっちだ。
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投稿者 文月そら : 22:24 | コメント (1) | トラックバック
2006年12月 6日
■[KanonSS]美汐さん誕生日SS「あたたかい、さがしもの」
うおお。なんとか間に合った、かな?
今回も牛丼さんの挿絵があります。読んで頂ければ幸いです。
12月の鈍色の空から、絶え間なく白いものが舞い降りてくる。
わたしは、傘に切り取られた空をぼんやりと見上げながら、いつもの家路を辿っていた。
駅を抜け、わたしの住む団地へと通じる、あまり車の通らない坂道を登っていると、道端に真紅のコートを着た小さな女の子が立っているのが見えた。最初はあまり気に留めていなかったのだけど、近づくにつれて、なんとなくあった違和感がはっきりしてきた。多分、小学2、3年生ほどと見えるその女の子は、真っ赤な顔で、瞳を今にもこぼれそうな涙でいっぱいにしていたのだ。
どうしたのだろうと見つめていると、女の子のほうもわたしに気づいた様子だった。そしてわたしの前まで歩いてきて立ち止まると、何かを訴えるように、じっとこちらを見つめてきた。
わたしはしゃがんで、女の子の瞳に向かって問いかけた。
「どうしたの? 何か哀しいことがあった?」
その言葉がきっかけになってしまったのだろう。ずっとこらえてきた涙が、切なげな泣き声とともに堰を切って溢れ出してしまった。
「う、うああ……うあああん……」
「――どうしたの? わたし、どうしたらいいかな」
「うああん……うあああん……」
何度も問いかけてみたけれど、女の子は泣きながら首を振るばかりで、何も言ってくれない。
わたしは、怖がらせないようにゆっくりと女の子の手をとった。彼女の手は思った以上に冷え切っていた。冷え性のわたしにはちょっと辛かったけれど、両手で彼女の手を包んでじっと彼女が落ち着くのを待った。手が温まるにつれて、だんだん彼女の泣き声が小さくなってきた。
「どうする? わたしの家に来る?」
風呂や食事の算段なんかを考えながらわたしはそう提案してみた。すると女の子は泣きながら首を横に振った。
「あのね……」
しゃくり上げ、震える声を必死で抑えながら、女の子はこう言った。
「おねえちゃんとはぐれたの。ねえ、おねえちゃんしらない?」
「ゆうちゃん」
女の子はちょっと恥ずかしそうに自分の名前を教えてくれた。
おねえちゃんとは、駅前の商店街にママのおつかいに出たついでに、クリスマスのプレゼントを選んでいたらしい。パパやママと一緒に来ると、プレゼントが何だかばれてしまうので、びっくりさせようという計画だったのだという。
「でもね、ゆうちゃんはおねえちゃんへのプレゼントもナイショで選びたかったの」
そこでおねえちゃんから隠れてプレゼントを探しているうちに、はぐれてしまったようだ。
どこを探してもおねえちゃんが見つからないので、家に帰ろうと思ったけれど、もう疲れてしまっていたし、この道が本当に正しいかどうかも自信がなくなってきてしまったしで、途方にくれていたところに、わたしが通りかかったということのようだ。
「じゃあ、とりあえず商店街に戻りましょうか」
女の子はこっくりと頷くと、今日はじめての笑顔を見せてくれたのだった。
「アクセサリ屋さん。ゆうちゃんはママにユビワを買ったの。おねえちゃんはネックレスを買った。両方ともイルカさんがついてて、とってもかわいい」
「本屋さん。ゆうちゃんはパパにレキシの本を買ったの。大宇宙せいふくようさいに立てこもったアクのノブナガをセイギのイエヤスがひょうろうぜめでやっつける話なの。ちなみにおねえちゃんはタバコをすうと胸がまっくろになって死にますっていう本を買ってた」
「お花屋さん。ママに頼まれてクリスマスのお花をお願いしたの」
楽しい記憶が、哀しみをいっとき忘れさせてくれたのだろう。ゆうちゃんはにこにこしながら、今日のお買い物について教えてくれた。
「そう……大丈夫。おねえちゃんにも逢えるわ。わたしに任せて」
「ほんとう!? 美汐お姉ちゃん!」
――その呼び名で呼ばれたのは何年ぶりだったろう。
ちょっとした可能性を胸に、花屋さんを訪れた。ガラス戸を開けるとエプロンをつけた初老の男性が、鉢植に水をやりながら「いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれた。
「すみません。先ほどこの子とこの子のお姉さんがここに来たと思うんですが、お分かりになりますか?」
「ああ、ついさっきだからね。良く覚えてるよ」
おじさんはにっこり笑って、ゆうちゃんの頭をくしゃっと撫でた。
「……でしたら、クリスマス指定でこの子の家にお花を届けることになっているんじゃないかと思うんですが……伝票に住所が書いてありませんか? どうも迷子になってしまったみたいで……おうちに連れて帰ってあげたいんです」
「おや、それは大変だ。確かに、クリスマスのお届け物として注文を受けたよ。ちょっとまってね」
おじさんは伝票の束をごそごそと漁って、ゆうちゃんの住所を探し出してくれた。
「よかったね、ゆうちゃん」
「……ほんとう!? ゆうちゃんおうちに帰れる?!」
「ええ。わたしの家の近くですから、場所は良くわかるわ。……今すぐおうちに帰る?」
ゆうちゃんはちょっとだけ迷ったようだったが、すぐに首を横に振った。
「まだおねえちゃんのクリスマスプレゼントを買ってないの。美汐お姉ちゃん。いっしょにえらんでほしいな」
住所と一緒に判明した電話番号で、とりあえずご家族に連絡を入れてから、わたしはゆうちゃんのお買い物に付き合うことにした。
すっかり元気になったゆうちゃんは、デパートの隅から隅までを飛び回り、かわいらしい耳の長いブタのキャラクターがついた筆箱を選んだ。
「ほらっ。これいーでしょー? おねえちゃん。ぶたさん大好きなんだ」
「そう。きっとおねえちゃんも喜ぶわ」
そろそろ、夜の帳が降りる頃合だ。完全に暗くなってしまう前にゆうちゃんを家まで送り届けようと、わたしはデパートを出ようとした。……ところが、ゆうちゃんが動かない。そしてこんなことを言い出した。
「美汐お姉ちゃんは?」
「え?」
「美汐お姉ちゃんはクリスマスプレゼント買わないの?」
「わたし? わたしは……特に何も……」
「えー、カレシとかにあげればいいじゃん!」
がつん。不意に後頭部を叩かれたような気がした。眼から火が出た。
いや、あの……。これだから最近の子は……。
「か、かれしなんていません! ……いきますよ!」
「えー。つまんないのー!」
「つまんなくっていいんです!」
ずんずんと店の外にゆうちゃんを連れ出す。外気に冷やされる頬が妙に心地良い。……どうやら上気していたらしい。ふう。
丁度、ゆうちゃんと出逢ったあたりの道にさしかかったところだった。
「ゆう? ……やっぱりゆうだ!! ゆううう!」
突然掛けられた声に、ゆうちゃんはぴくりと反応した。
声のする方では、ゆうちゃんとおそろいの真紅のコートを羽織った、小学4年生くらいの女の子が、車道の反対側から必死でこちら側に身を乗り出していた。そしてその子の手を握って、車道に飛び出さないようにこれまた必死で引き止めているのは……。
「あ、相沢さん……!」
「……よ、よお天野。奇遇だな……」
ゆうちゃんとおねえちゃんは、しっかりと手をつないで楽しそうに囁き交し、歩いている。
その姿を眺めながら、道すがら聞いた話では、なんでも相沢さんは相沢さんで、今日は一日、ゆうちゃんのおねえちゃんに連れまわされて大変だったらしい。
「商店街で、手当たり次第に『妹を知りませんか』って聞いて回ってる子がいるからさ、まずは交番に届けるべきだろうと言ったんだが、ぜったいすぐ見つかるから大丈夫ですって聞かなくてさ……。どうにか説得して、交番で家に連絡をとったら、もう妹さんとは連絡がとれてるらしいって話になったんだよ。それで家で待とうって話になって、あそこまで帰ってきたところだったんだ」
いや、疲れたぞ実際。と相沢さんは苦笑する。
「天野はどうだったんだ?」
「まあ、似たようなものですが」
瞳を閉じる。ゆうちゃんの笑顔と、手に伝わる温もりが蘇ってきた。
「わたし、楽しかったです」
「そうか」
相沢さんも笑顔になった。
今度は苦笑じゃなかった。
「それじゃあ、あたしたちはこのへんで」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう」
ゆうちゃんとおねえちゃんが、手をつないだままぺこりと頭を下げる。
「おう。もう迷子になるんじゃないぞ」
「気をつけて帰ってね」
「……その前に」
「ん?」
ゆうちゃんとおねえちゃんはいたずらっぽい笑いを浮かべると、こう言った。
「わたしたちから、美汐おねえちゃんと祐一おにいちゃんにクリスマスプレゼントです!」
じゃーん、という効果音付きで、手書きの便箋が突き出された。
相沢さんが受け取って書かれた文字を読み上げる。
「ん? 『美汐お姉ちゃんに一日やさしくする券』!?」
「カノジョにもっと優しくしてあげなきゃダメだよーっ!!」
きゃははははっ! と歓声をあげて、ゆうちゃんとおねえちゃんは、しっかりと手をつないで駆けていった。
次第に小さくなっていく二つの赤い背中を見送りながら、相沢さんはくしゃくしゃと自分の頭をかき回しながら呟いた。
「全く最近のガキはマセてるなあ……」
二人で苦笑。
そして、子どもたちが去り、再び穏やかで、ちょっと寂しい日常が帰ってきた。
「帰りましょうか」
「いや」
踏み出したわたしを、相沢さんが止めた。
「丁度いいじゃないか。……今日、お前誕生日だったろ?」
「あ……」
覚えていてくれる人がいたという驚きと、それが相沢さんだったという驚き。
「この券、使ってみてくれよ。……あ。天野のことだから、とんでもないことは言い出さないとは思うが、あまり金のかかることは困るからな! くれぐれも常識の範囲で頼むぞ!」
その様子があまりにも必死なので、思わずわたしはふき出してしまった。
「……笑うなよ」
「ふふ……すみません」
でも、この笑いのおかげで、素直に言い出すことができた気がする。
「……ひとつだけお願い、聞いてもらえますか?」
「ああ」
「じゃあ、ちょっとだけ百花屋に、お付き合いしていただけますか……?」
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投稿者 文月そら : 23:53 | コメント (2) | トラックバック
2006年9月20日
■[KanonSS]初秋・夕闇・屋上で
牛丼さんがへどほん美汐さん絵を描いてくれたので、SSをつけてみました。物凄く久しぶりのKanonSSで、なんだか感慨深かったです。何故だかやけに暗くなってしまったんですが、よろしければどうぞ。
暗く重いドアをあけると、眼前に空が広がった。
吹き抜ける秋風に乗って、遠くに運動部の掛け声が聞こえる。
「天野、ここにいたのか」
尋ね人はフェンスに寄りかかってヘッドホンで音楽を聴きながら、ぼんやりと夕闇迫る空を見上げていた。
「……天野?」
まだこちらに気づかぬ様子の彼女。目の前で手をひらひらさせると、ようやく瞳に焦点が宿った。
「…………あ。相沢さん」
天野はヘッドホンを外して、軽く頭を揺らす。ヘッドホンに抑えられていた彼女の特徴的な髪が、ふわりとあるべき位置におさまった。
「何を聴いていたんだ?」
「昔良く聴いていた曲です」
昔、という言葉に少しひっかかった。
「ずっと聴いていなかったのか?」
「はい」
頷いて、天野は小さなため息をついてから、言葉を継いだ、
「音楽は、昔を思い出しますから」
「……そうか」
「はい」
「……」
「……」
見上げると、さっきまで紅く焼けていた空が、何時の間にか紺色に染まっていた。
「寒くなってきたし、そろそろ帰ろうぜ」
校舎に向かって歩き出そうとした俺の背に、天野がぽつりと呟いた。
「……でも、聴けるようになったみたいなんです」
ぴたり、と俺の足が止まった。
「空を見上げて、ぼんやりとあの子のことを考えていたんです。そうしたら、今までは、いつも最後のことしか思い出せなかったのに、楽しかった想い出が湧き上がってきたんです。それで、今なら大丈夫かなって思って」
振り向くと、目の前に天野がいた。
「聴いてみたら、やっぱり大丈夫だったんです。なんでだろうって思って。
――そうしたら、相沢さんが来ました」
瞳が、ほんの少しだけ笑っていた。
「そうか」
「はい」
「……帰ろうか」
「……はい」
ばたん。
重い扉を閉める。
手を伸ばせばいつでも届く。振り向かなくても確かにそこにいるのが分かる。そんな距離を保ちながら、俺たちは暗い階段を降りていく。
真っ直ぐ前を向いて。
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